公明党の太田氏がテレビ朝日などの番組に出演し、参院選での自民党との選挙協力について次のようにお話したようですね。
「集団的自衛権(の行使)を認めて、憲法9条2項を削って、環境権も必要ないと、(公明党と)根本的に違うことを(候補者が)言えば、支援は当然躊躇せざるをえない」。ふむふむ。
何を今さら!・・・
自民党がそもそも自主憲法の制定を党是としていること、しかもその内容のホシは9条2項であること、そんなことはあったりまえのことでしょう!?
しかも安倍氏は宰相になるはるか以前から公然とこうした発言を繰り返し、自民党幹事長のときにも「集団的自衛権は行使できる」「従軍慰安婦に国が関与した証拠はない」等々、首尾一貫している。見事なものですよ。
こうした発言なかんずく自民党とは、公明党と根本的に違うのではないですか?と、世間の常識をもつ人々は皆さん、感じているわけです。だから、公明党と自民党が連立与党というのはどう考えても、理解できないわけです。
それともなんですか?選挙のときに言いさえしなければよいのですか?選挙カーの上で?
ね、だから公明党は「権力の蜜の味が忘れられない」「創価学会を守るためには何でもする」と、言われるわけですよ。
「私たちが自民党にブレーキをかけるのよ」「だから公明党がしっかりしなければいけないのよ」なんてバカな話を真剣に仰る活動家の皆さん(多くは婦人部の方です)をみると、何というか、盲信、狂信としか言いようがないですよ。可哀想であり、怖いですね。
学会員さん。参院選、自民党を応援するんですか?根本的に違うことを言ってますけど?
2007年5月29日火曜日
2007年5月21日月曜日
本当にこれでいいのですか
東京都知事の石原慎太郎さんが脚本を書き製作総指揮をした、太平洋戦争の特攻隊員たちを描いた映画「俺は、君のためにこそ死にに行く」が公開されましたね。石原知事をインタビューした朝日新聞の広告特集を、私は嗚咽をしつつ何度も読み返しました。
石原さん、戦争の悲惨さを伝えたいのでしたら、この映画にかけるお気持ちが本当なら、あなたが初当選した後に凍結した「東京都平和記念館」(仮称)の建設を、今こそ始めてもらえませんか。
戦争の惨禍を記録し、戦争とは何なのか、なぜ戦争がおきたのかを学ぶ場を東京に作りたい。そう考える私たちは鈴木俊一知事時代に都にお願いしました。青島幸雄知事の時にゴーサインが出ましたが、石原知事1年目の1999年に凍結されてしまいました。以来、そのままです。(中略)8年前の凍結の理由は財政難でした。いま、東京でオリンピックを開くお金があるのなら、施設はできるはず。どうか今のうちに建てて欲しい。
(中略)私もかつては軍国少女でした。42年、日本軍がシンガポールを占領したとき、無邪気に喜んでいました。今の若い人は戦争のこと、日本がアジアでひどいことをしたことを教わっていないし、知りません。その彼らに、「北の脅威」を吹き込んだら、かつての軍国少年、軍国少女と同じ。18歳から国民投票を認めたら、改憲に賛成するでしょうね。(中略)出来るのなら東京の真ん中で訴えたい。「みなさん、本当にこれでいいんですか。歴史をきちんと学ばないまま9条を変えていいのですか」と。
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2007年5月21日朝日新聞 ”私の視点”に掲載された高木敏子さんの投稿の一部です。
タイトルもそのまま紹介しました。是非全文をお読みになられることをお勧めします。
高木敏子さんは、あの「ガラスのうさぎ」の作者です。
高木さんは”嗚咽をしつつ何度も読み直した”といわれていますが、私はここを読んで思わず同じ感情がこみ上げてきました。
衆生病む ゆえに我病む。
社会の趨勢に対して鋭敏な感性がなければ、この感情は分からないのではないでしょうか。
平和を愛する創価学会のみなさんは、どのように感じるのでしょうか?
石原や安倍を全力で支援する皆さんは、高木さんの発言にどう向き合うのでしょうか?
石原さん、戦争の悲惨さを伝えたいのでしたら、この映画にかけるお気持ちが本当なら、あなたが初当選した後に凍結した「東京都平和記念館」(仮称)の建設を、今こそ始めてもらえませんか。
戦争の惨禍を記録し、戦争とは何なのか、なぜ戦争がおきたのかを学ぶ場を東京に作りたい。そう考える私たちは鈴木俊一知事時代に都にお願いしました。青島幸雄知事の時にゴーサインが出ましたが、石原知事1年目の1999年に凍結されてしまいました。以来、そのままです。(中略)8年前の凍結の理由は財政難でした。いま、東京でオリンピックを開くお金があるのなら、施設はできるはず。どうか今のうちに建てて欲しい。
(中略)私もかつては軍国少女でした。42年、日本軍がシンガポールを占領したとき、無邪気に喜んでいました。今の若い人は戦争のこと、日本がアジアでひどいことをしたことを教わっていないし、知りません。その彼らに、「北の脅威」を吹き込んだら、かつての軍国少年、軍国少女と同じ。18歳から国民投票を認めたら、改憲に賛成するでしょうね。(中略)出来るのなら東京の真ん中で訴えたい。「みなさん、本当にこれでいいんですか。歴史をきちんと学ばないまま9条を変えていいのですか」と。
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2007年5月21日朝日新聞 ”私の視点”に掲載された高木敏子さんの投稿の一部です。
タイトルもそのまま紹介しました。是非全文をお読みになられることをお勧めします。
高木敏子さんは、あの「ガラスのうさぎ」の作者です。
高木さんは”嗚咽をしつつ何度も読み直した”といわれていますが、私はここを読んで思わず同じ感情がこみ上げてきました。
衆生病む ゆえに我病む。
社会の趨勢に対して鋭敏な感性がなければ、この感情は分からないのではないでしょうか。
平和を愛する創価学会のみなさんは、どのように感じるのでしょうか?
石原や安倍を全力で支援する皆さんは、高木さんの発言にどう向き合うのでしょうか?
2007年5月14日月曜日
愚人に誉められる創価学会
改憲にひた走る安倍。憲法でもっとも現実に合わないのは9条と言い切る安倍。公立学校の道徳の時間を「教科」として評価対象にするという安倍。従軍慰安婦に対する発言を何故か米国大統領ブッシュに謝る安倍。この安倍について朝日新聞に興味深い記事が載っていたので紹介します。学会員さんは既に参議院選挙の『戦い』で、新聞など読む暇もないと思いますので。
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(5・14付 ポリティカにっぽん)。
1997年、従軍慰安婦が中学校教科書に載ることに反対した自民党議員たちの「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」。代表は中川昭一、幹事長は衛藤晟一、事務局長は安倍。さあ、この会で、従軍慰安婦にお詫びと反省を述べた「官房長官談話」の河野洋平を呼んで次のようなやりとりをしている。
K議員:「この程度のことを外国に向けてそんなに謝らなきゃないかんのか?兵隊にも何にも楽しみがなくて死ねとは言えない。楽しみもある代わりに死んでくれと言っているわけでしょう」
河野:「この程度と言うが、女性一人一人の人生にとっては決定的なものではなかったか。戦争だから、女性が一人や二人、ひどい目にあってもしょうがないんだとは思わない」
衛藤:「軍が直接、女性を引っ張った事実はあったのか。料金は内地よりも3倍だとか」
安倍:「慰安婦の証言の裏づけをとっていないではないか」
従軍慰安婦が「この程度」!当時は公娼制度があったんだ、韓国にだってキーセンハウスがある、慰安婦には金を払っていた、軍が強制した証拠はどこにあるのかといった発言が飛び交っている。そこには、女性の尊厳も、軍への戒めも、戦争そのものへの反省も、国家が個人を苦しめる強制装置なるという洞察も伺えない。その「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」から安倍政権の多数の要職が出ている。
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以上がその部分。
従軍慰安婦に関する証拠は日本に限らず、世界中に存在している。それらの公的文書に基づき、戦後の裁判が行われたのは周知の事実です。これを否定する人はただの無知の人です。
さあ、学会員さん。この安倍さんを皆さんはどう評価するのですか?
生命の尊厳を掲げる学会員さんは、このような発言をする安倍さんを支援しています。全力で。
そして安倍さんも公明党を【友党】として絶大な信頼を寄せている。学会の皆さんを心強い味方、同志として賞賛している。
【愚人に誉められたるは第一の恥なり】。
皆さんは、日本一の恥知らずでしょうか?それとも安倍さんは賢聖なのでしょうか?
戦う学会員さんのお考えを訊きたいです。
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(5・14付 ポリティカにっぽん)。
1997年、従軍慰安婦が中学校教科書に載ることに反対した自民党議員たちの「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」。代表は中川昭一、幹事長は衛藤晟一、事務局長は安倍。さあ、この会で、従軍慰安婦にお詫びと反省を述べた「官房長官談話」の河野洋平を呼んで次のようなやりとりをしている。
K議員:「この程度のことを外国に向けてそんなに謝らなきゃないかんのか?兵隊にも何にも楽しみがなくて死ねとは言えない。楽しみもある代わりに死んでくれと言っているわけでしょう」
河野:「この程度と言うが、女性一人一人の人生にとっては決定的なものではなかったか。戦争だから、女性が一人や二人、ひどい目にあってもしょうがないんだとは思わない」
衛藤:「軍が直接、女性を引っ張った事実はあったのか。料金は内地よりも3倍だとか」
安倍:「慰安婦の証言の裏づけをとっていないではないか」
従軍慰安婦が「この程度」!当時は公娼制度があったんだ、韓国にだってキーセンハウスがある、慰安婦には金を払っていた、軍が強制した証拠はどこにあるのかといった発言が飛び交っている。そこには、女性の尊厳も、軍への戒めも、戦争そのものへの反省も、国家が個人を苦しめる強制装置なるという洞察も伺えない。その「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」から安倍政権の多数の要職が出ている。
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以上がその部分。
従軍慰安婦に関する証拠は日本に限らず、世界中に存在している。それらの公的文書に基づき、戦後の裁判が行われたのは周知の事実です。これを否定する人はただの無知の人です。
さあ、学会員さん。この安倍さんを皆さんはどう評価するのですか?
生命の尊厳を掲げる学会員さんは、このような発言をする安倍さんを支援しています。全力で。
そして安倍さんも公明党を【友党】として絶大な信頼を寄せている。学会の皆さんを心強い味方、同志として賞賛している。
【愚人に誉められたるは第一の恥なり】。
皆さんは、日本一の恥知らずでしょうか?それとも安倍さんは賢聖なのでしょうか?
戦う学会員さんのお考えを訊きたいです。
2007年4月29日日曜日
信仰心?忠誠心?
最近の学会の活動家の皆さんを見ていて思い出す言葉。
活動家の皆さんには信仰心という言葉はどうも当てはまらない。
皆さんにもっとも当てはまる言葉、それは忠誠心。
信仰心は自身を見つめさせる。これは内を見つめる目。つまりは考えを深める。
忠誠心は外に向けられる。もちろん、組織。そして忠誠心は考えることを放棄させる。
皆さんの日ごろの「活動」、これ信仰心から発しているかしら?それとも組織に対する忠誠心?
活動が信仰心から生まれているなら、そこには自身の考えがある。この人に質問を向けると、この人は必ず、自分の言葉で何かを語る。一方、活動が忠誠心から生まれている人に質問を向けると、この人は考えていないから、答えがでてこない。出てくるのは「とにかく」、「いいから」、「やるしかない」といった、要は考えないという言葉。
活動家の皆さん、皆さんは信仰心で活動しているの?それとも忠誠心?
活動家の皆さんには信仰心という言葉はどうも当てはまらない。
皆さんにもっとも当てはまる言葉、それは忠誠心。
信仰心は自身を見つめさせる。これは内を見つめる目。つまりは考えを深める。
忠誠心は外に向けられる。もちろん、組織。そして忠誠心は考えることを放棄させる。
皆さんの日ごろの「活動」、これ信仰心から発しているかしら?それとも組織に対する忠誠心?
活動が信仰心から生まれているなら、そこには自身の考えがある。この人に質問を向けると、この人は必ず、自分の言葉で何かを語る。一方、活動が忠誠心から生まれている人に質問を向けると、この人は考えていないから、答えがでてこない。出てくるのは「とにかく」、「いいから」、「やるしかない」といった、要は考えないという言葉。
活動家の皆さん、皆さんは信仰心で活動しているの?それとも忠誠心?
宗教はアヘンである
最近の創価学会の活動家の皆さんを見ていて、ふと思い出した言葉。
アヘンを吸った人間はどのような状態になるのだろうか?気持ちよくなって、何も考えなくなる。現実から遊離する・・・。考えなくなる状態がアヘンを吸った状態ということ。マルクスはそう言いたかったのでは・・・。
集票マシン。マシンとは何か?マシンとは人間に対置する言葉だ。マシンと人間はどこが違うのか。人間は自分で考えるが、マシンは自発的に考え、動くことができない。言われたことを忠実に行うのがマシン。
最近の学会の活動家の皆さん。皆さんは一生懸命、活動はするけど、その活動の是非について活動に向けるエネルギーの半分でもいいから、考えているのかしら?
考えるのは幹部、私たちは実行部隊。もしもこう考えているとしたら、まさにマシン。
信仰はマシンを製造するものなの?信仰は人間を賢くするものではないの?
学会員さん、皆さんはマシンですか?アヘンを吸っているのですか?
アヘンを吸った人間はどのような状態になるのだろうか?気持ちよくなって、何も考えなくなる。現実から遊離する・・・。考えなくなる状態がアヘンを吸った状態ということ。マルクスはそう言いたかったのでは・・・。
集票マシン。マシンとは何か?マシンとは人間に対置する言葉だ。マシンと人間はどこが違うのか。人間は自分で考えるが、マシンは自発的に考え、動くことができない。言われたことを忠実に行うのがマシン。
最近の学会の活動家の皆さん。皆さんは一生懸命、活動はするけど、その活動の是非について活動に向けるエネルギーの半分でもいいから、考えているのかしら?
考えるのは幹部、私たちは実行部隊。もしもこう考えているとしたら、まさにマシン。
信仰はマシンを製造するものなの?信仰は人間を賢くするものではないの?
学会員さん、皆さんはマシンですか?アヘンを吸っているのですか?
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